大名の死と今泉からの再生(の可能性)

大名は、2005年の西方沖地震以降、開発に拍車がかかり、新しい商業・オフィスビルが立ち並び始めたころから、ますます単一的な地域になってきた。つまり、大名はまちを歩く面白さがなくなくなった。一方かわって、今泉が注目されている。アパートの一角でやってる小さな古着屋や雑貨屋、今泉には隠れ家的な要素を発見することができる


今回大名、今泉を街をみてやろうと歩いてみると、ジェーン・ジェイコブスが「アメリカ大都市の死と再生」で書いた、都市の多様性を思い出す。ジェイコブスは、都市計画の中心性、機能分離を批判し、用途が混在し、多様な人々の多様な目的での来訪があることが都市の活性化につながっていることを説いた。


では、今泉はその用件を満たしているか?ジェイコブスのあげる都市の活力を保つための条件は以下のとおり

(1)混在地域の必要性(多様な機能を果たす)
(2)短い街区の必要性
(3)古い建物の必要性
(4)人の密集度の必要性

これに照らしながらみてみようと思う。大名との比較もくわえながら。果たして今泉の可能性は?結局大名とおなじ道のりを歩むのか?

大名と今泉の多様性の比較

(1)混在地域の必要性(多様な機能を果たす)

    • 大名には現在も住居はある。しかし、かつてとの大きな違いは、ボロいアパートから高級都心マンションに立て変わったこと。(所得の高い単身者、DINKSがすんでいるのではと予測)しかし、現在住んでいる人々は、大名を享受していないのではないか
    • 大名は商業ビルの高層化が進み、圧倒的に商業・オフィス床が増え、同時に空き店舗も増えた(特に2階以降)。
    • 大名では高級ブランド店の割合が高まり、その分昔からの単品商売(肉屋、お菓子屋、惣菜屋のたぐい)は減った。レストランはメインからちょっと外れたところに増えた。
    • 今泉は元々高層マンションの多い地域で、単身だけでなくファミリーも住める構成になっている。どちらかというと都心近接居住地としての位置づけの方が濃い
    • そのためマンションの1階が商業床、というのがメイン。商業・オフィスビルの割合は低い。

(2)短い街区の必要性

    • 大名は一区画が長い。曲がり角が少ない。
    • 今泉は、大名ほど入り組んでいないが、やはり街区は長い。しかし直線ではなく曲線が多い。また建物と建物の間の私道(?)が入り組んだ道の役割を果たしている?

(3)古い建物の必要性

    • 大名は、以前に比べると大幅に建て換わった。
    • 今泉は、それなりに古いコーポが残っている。ただし、たぶんに開発圧力がかかってくると予想される。なくなるのも時間の問題?

(4)人の密集度の必要性

    • 大名の週末の集客力はある。多分地方から来た人や学生さんのように思われる。しかし平日日中はほとんどいない。依然よく見かけただらだらしている人は減ってきたのでは?(店の前で雑談している人は減ったように感じる)
    • 今泉は元々人通り少ないし、現在もさほど増えてない。週末の人は増えたが、いわれるほど多くはない(デパ地下と比較せよ)。

福岡の市場原理と文化的価値は何を求める?

大名と今泉、歩いて感じるのは「下北沢的」「世田谷的」な商業・サービスは、「福岡らしい」ということで注目され、賞賛されるが、意外とそれを享受している人は少ないということだ。結局「ジャスコ的」「道の駅的」なものが好きなのかもしれない。大名では、特にその傾向を感じる。
一方今泉の特徴は、多分に居住地域であること、そこが大名と違う。今泉は隠れ家的な要素を作り出そうとしている。こないだ歩いてたら、ちょっとしたスペースを利用して、都市のオアシスみたいな空間を作っているところをいくつか見かけた。そこに多分今泉に住んでいるんじゃないかと思われる人たちがお茶の見ながらだべっていた。都市住民が積極的に利用して新しい文化を享受しようとする営み、雰囲気が残っていけるかどうか、そこに今泉のポジションを維持できるかどうか、かかっているのではないか。

ただし来訪者はいわれるほど多くない中で、収入は少なくてもやりがいがあるからやってける、という商業・サービスの担い手(都市文化の担い手?)を維持していくことができるのか。開発圧力に耐えられるのか。それは福岡のもつ市場原理と文化的価値観がなにを求めるのか、そこにかかっているのではないか、と感じる。
それは結構難しい。運動的なもので維持していくほど結束はないだろうし、(個人的には春吉には、その結束があるのではないか、という印象を持っている)じゃあどうするのか。今後そこを考えていきたい。